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  • あしゅラ事務局長

高砂工楽会の名前 〜高砂町歴史かるた「は」「わ」

更新日:2020年6月5日

「高砂工楽会は、どんなことをする会?」「工楽松右衛門のことをするなら、『工楽松右衛門顕彰会』に変えた方が、いいのでは」など、聞かれたり、アドバイスを受けたりします。言われれば、何となく、親睦会みたいな名前に思えます。名前について簡単に説明しますね。



「高砂工楽会」の「高砂」は、「高砂町」で、「工楽」は、「工楽松右衛門」です。

「高砂町」と「工楽松右衛門」を地元や全国に発信し、高砂町を活性化することを目的にした会です。



高砂町は、かつて江戸時代、城下町(数年)、港町、姫路藩の年貢米の集積地として栄え、播磨地方の経済、文化の中心地でした。それが今や、空き家や老人が多い、スーパー1つない、買い物難民が問題になる、活気のない町になっています。高砂町民の多くは、2年前の旧工楽邸の公開まで、「松右衛門や江戸時代の高砂」に、あまり関心がなかったように思います。郷土に高い関心、大きな誇りが持てるように「松右衛門や江戸高砂」の発信を続けたいと考えています。



最近、新聞で、「コロナの影響で、工楽松右衛門顕彰大会が中止」(神戸新聞)や「高砂町歴史かるた完成」(高砂経済新聞)を大きく取り上げてくれたので、「高砂工楽会」の名前は、少し知られるようになりました。


今回のかるたは、「は」(江戸時代の高砂神社秋祭りのにぎわい)と「わ」(江戸時代の高砂町の町割り地図、堀川周辺と本町通りが中心街)です。



           


旧工楽邸は、5月25日(月)から開館しています。








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